皆さま、2026年が始まりましたね。
年が明けて時間が経ってしまいましたが、改めてあけましておめでとうございます。今年も㈱Tenmaruはワクドキで邁進いたします。
どうぞよろしくお願い致します!
2026年、第6期の事業計画はコチラ↓

2025年も多くのHRトレンドワードが世間を賑わせていましたね。
新年1発目となる今回のnoteでは業界を超えて話題となったワード、
「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」
についての、世間の受け止めと私なりの考え方をお伝えさせていただきます。
働いて×5まいりますとは?
ちなみに、「働いて」は5回繰り返すのが正式です。以下「働いて×5」と表記させていただきます。
この言葉はご存知の通り、2025年10月に自民党総裁選で選出された高市首相が発した言葉。2025年度流行語大賞にも選ばれた、昨年を象徴するワードともいえます。
そして高市総理は日本初の女性総理でもあり、HR業界的にも注目度の高い方でもあります。
そして、この「働いて×5」発言は、力強いメッセージと好意的に受け取られる一方、馬車馬宣言が大きな波紋を呼び、時に国内外で物議を醸しておりました。
時代に逆行?
多く聞く批判的な意見として、「ワークライフバランス問題」が挙げられます。ワークライフバランスは、皆様もご存知の通り、労働と生活のバランスを見直そう、ということですが、肌感覚としては「働きすぎは良くない」「労働時間を短くしていくべき」という文脈で語られることが多いように思います。
日本の労働環境において、いわゆる「働きすぎ」、諸外国に比べ労働時間が長く、残業が常態化している企業も多い状況が問題視されているのはご存知の通りです。
たくさん働くことを良し、とする昭和のモーレツサラリーマンは時代遅れ。これからは仕事も生活も大切にしていきましょう…というのが、現代社会の総意と言ってもいいでしょう。

そのような中、この高市総理の発言は時代と逆行するもの、国民にもっと働け、たくさん働くことが美徳だと、古い価値観を押し付けるものと感じた人が一定数いた、ということですね。
好意的な意見も多数
一方、高市総理の発言は、多くの人に好意的に受け取られてもいます。
総理という重い職責に対する決意の表れ、国民のために仕事をするのだという意思表明。
発言だけを見ればこのように受け止めるのは自然なようにも感じます。
そして、ここが少々厄介なのですが、この発言をきっかけに一種のイデオロギー論争が巻き起こってしまった実態もあります。同じ発言をどのように受け止めるかで、その人の仕事に対する姿勢や、政治的な立ち位置までが可視化されたようにも感じました。
発言の受け止め方、世代の傾向
それでは、この高市総理の発言、世代別に見るとどのように受け止められているのでしょうか。
あくまでも体感と主観、私の感じた限りの話ではありますが、
『実際に長時間労働を経験し、心身・家庭への影響を体感している』『管理職一歩手前 or なり始めで「再現不能な根性論」に懐疑的』な30代が最も批判的に受け止めている印象です。
また政治的イデオロギー軸で整理すると、
「労働者の権利・人権・健康」「格差是正・構造問題への感度が高い」「長時間労働=搾取」という認識をもつリベラル(左派)の批判が強く、
「努力・勤勉・自己犠牲を尊ぶ」「成長は個人の覚悟次第という思想」「国家・企業・組織への貢献意識」をうたう保守(右派)は否定よりも擁護・理解を示す傾向にあるようです。
この発言は「保守的価値観では“美徳”になり得るが、リベラル価値観では“有害なシグナル”になる」という、価値観衝突型の言葉ですね。
だからこそ
- 企業が公式に使うと炎上しやすい
- 若年層・都市部・ホワイトカラーほど反発が強い
という構図が生まれます。
特に私の周りでも、経営者・役員・管理職や人事・組織づくりに責任を持つ立場、過去に働きすぎて失敗した経験を持つ世代の方は、この発言をこう見ています。
「気持ちは分かる。でもそれを言語化してしまう危険性が分かっている」
つまり批判の根っこは思想ではなく、経験と責任 です。
- 若手が辞める
- 採用で不利になる
- 組織が持続しない
- 訴訟・炎上・レピュテーションリスク
だからこそ組織を守る責任がある立場の人であればあるほど、「その言葉はダメだ」と止める側に回っているといえます。
一方、高市内閣は、産経新聞・FNN合同世論調査(2025年12月)では、18〜29歳の支持率92.4%と若い世代から高い支持を受けているのは、皆様もご存知の通りかと思います。若者の受け止め方は、必ずしも「長時間労働賛成」ではありませんが、その多くはこう解釈しています。
- 「本気でやるって意味でしょ」
- 「覚悟の話で、強制ではないよね」
- 「どうせどこも大変だし」
つまり“言葉を軽く読む力”や“距離の取り方”が上手い。
そしてこの発言を寛容に受け止められているように見受けられます。
この発言は、スタートアップや成長企業の“当事者層”からは「この発言に背中を押された」との覚悟や挑戦を肯定する言葉として支持されるケースもあり、経済対策・物価対策への評価、政策実行のスピード感、既存の政治スタイル・情報発信との距離感などが支持の背景としてあるようです。
いわゆるモーレツサラリーマン時代を生きた人よりも、ワークライフバランスという価値観を持った若手の方がこの発言を前向きに捉えているのは、少し意外と言ってもいいでしょう。
しかし、これが実は「意外」ではないのです。
過去コラム

こちらでも伝えているように、若手層の中には、挑戦的な環境に身を置き、仕事に打ち込みながら大きく成長したいと考える人が、一定数存在します。
同じ「若手」でも、その中に多様な価値観があること、そしてワークライフバランスを重視する人もしない人も、それぞれが大切なものがあっていい、という価値観こそが、「多様性」なのかな、と感じます。
労働=悪?
「働いて×5」発言、何が問題と感じられたのか。
当たり前ですが、高市総理は何も国民にもワークライフバランスを無視して働け、などは一言も言ってはおりません。総理がそのような発言をすることで世論に対する影響が心配、という意見もありますが、
もう一度、この発言をよく見てみましょう。
「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という言葉の中には、実は
「長時間労働」という文言は一切含まれていないのです。
そしてもうひとつ。
「会社に働かせられている」というニュアンスも含まれておりません。
本人が意欲を持って働きたい、としか言っていないのです。
「働いて×5」を見た人、聞いた人が、どこにも「長時間働く」「会社に働かされている」と書いていないのに、長時間労働を強いられている、と感じたのはなぜでしょうか。
たくさん働く≠長時間労働を強いられる
ここが今回の話の本質です。
いわゆる長時間労働問題、サービス残業や常態化した残業などは、多くの要因で起こる問題です。
その中には、「皆が働いているのに早くは帰りにくい」「怠けていると上司に思われる」などもあるでしょう。
本来であれば、決められた就業時間内に、求められるパフォーマンスを発揮すれば、誰に対しても悪いと思う必要はありません。
欧米諸国などは、残業はむしろ時間内に仕事を終わらせられない無能と判断される、なんて話もあります。

つまり、日本には昔から今まで、
「たくさん働く」=「本当は嫌だけど長時間労働をせざるを得ない」という意識が根強く、それがこの総理発言が反感を買った理由なのではないかな、と思うのです。
もちろん「たくさん働く」と聞いて、長時間働くことだ、と感じる人は多く、それゆえネガティブな意見も多くあったのは事実です。
しかし、たくさん働くとは、何も時間を長く費やし、嫌々働くことではない、と、弊社は考えます。
社会全体のこの意識を変えていかなければならないのかな…と感じます。
役割の最大化
会社は社員のために存在し、収益を目指す組織です。
そして仕事を通じて社会に貢献するべきミッションを掲げています。
収益を上げなければ、当然存続することはできません。
社員により高い給料を払うために、会社はより効率よく収益を上げることが求められ、そのために社員ひとりひとりに給料に見合ったパフォーマンスを要求します。
つまり、本当に必要なのは、「役割の最大化」。
あくまで諸戸、私個人の意見ですが、高市総理の発言を好意的に受け取っています。それは、長時間労働を強いるものではなく、個人個人が意欲を持って働くことの大切さを再認識させてくれるもの、と感じるからです。
発言の明確さとのギャップ
「働いて×5」発言は、ともすれば反感を買いやすいワードであったことは事実です。しかし、この言葉だけがひとり歩きし、曲解されて批判されている印象は否めません。
高市総理は自分の職責において、精一杯働きたい、という決意を表明したに過ぎません。
そもそも日本人にとって「働く」という言葉の持つイメージが、辛く苦しく、耐え忍ぶものだということの現れでもあるのかもしれません。
だからこそ、既存のイメージに囚われない若手には、むしろ好意的に捉えられているのでしょう。
やっぱりワクドキ
高市首相の発言には、受動的に「やらされている」印象がありません。
戦略と目的が明確で、何に挑み、何を成し遂げたいのかがはっきり伝わるからです。その明確さこそが人々の期待を高め、多くの支持を集めている要因の一つだといえます。
高市総理は、まず目指すべきゴールを示し、その実現のために「働く」という手段を選び取っている。その姿勢が言葉として一貫しているからこそ、「働いて×5」という強い表現にも納得感が生まれます。
キャッチーで分かりやすいこのワードが、高い支持率とともに広く使われるようになるのは自然な流れであり、流行語として注目されるのも不思議ではありません。
この言葉をそのままの表現だけで受け取り、働き過ぎの問題に直結させてしまうのは、本来の意図や文脈を十分に汲み取れていない可能性があり、少しもったいないように思います。
「働く」のは、目的ではなく、手段です。
働くことで、なにを得るのか。目指すべきゴールはどこなのか。それらを主体的にとらえ、自らが考え、判断し、職責を果たす。
そして、主体的に働く人が集まり、組織となり、共に成長していく…
これこそが「働く」だと、弊社は考えております。
弊社㈱Tenmaruがお伝えし続けている「ワクドキ」も同じく、誰もが、主体的に、心踊る働き方ができる組織を目指すものです。
お給料のために時間を耐え忍ぶのでもなく、長時間オフィスに居座り、時間をお金に換えるのでもなく、
今いる仲間のリソースを最大化し、誰もがワクドキで働ける、ワクドキで働く仲間で組織が成長していく。
ワクドキな組織づくりのお手伝いをこれからも続けていきたいと考えております。

